りしならんと想へり。宮は会の終まで居たり。彼|若《もし》疾《と》く還《かへ》りたらんには、恐《おそら》く踏留るは三分の一弱に過ぎざりけんを、と我物顔に富山は主と語合へり。
 彼に心を寄せし輩《やから》は皆彼が夜深《よふけ》の帰途《かへり》の程を気遣《きづか》ひて、我|願《ねがは》くは何処《いづく》までも送らんと、絶《したた》か念《おも》ひに念ひけれど、彼等の深切《しんせつ》は無用にも、宮の帰る時一人の男附添ひたり。その人は高等中学の制服を着たる二十四五の学生なり。金剛石《ダイアモンド》に亜《つ》いでは彼の挙動の目指《めざさ》れしは、座中に宮と懇意に見えたるは彼一人なりければなり。この一事の外《ほか》は人目を牽《ひ》くべき点も無く、彼は多く語らず、又は躁《さわ》がず、始終|慎《つつまし》くしてゐたり。終までこの両個《ふたり》の同伴《つれ》なりとは露顕せざりき。さあらんには余所々々《よそよそ》しさに過ぎたればなり。彼等の打連れて門《かど》を出《い》づるを見て、始めて失望せしもの寡《すくな》からず。
 宮は鳩羽鼠《はとばねずみ》の頭巾《ずきん》を被《かぶ》りて、濃浅黄地《こいあさぎぢ》に白く中形《ちゆうがた》模様ある毛織のシォールを絡《まと》ひ、学生は焦茶の外套《オバコオト》を着たるが、身を窄《すぼ》めて吹来る凩《こがらし》を遣過《やりすご》しつつ、遅れし宮の辿着《たどりつ》くを待ちて言出せり。
「宮《みい》さん、あの金剛石《ダイアモンド》の指環を穿《は》めてゐた奴はどうだい、可厭《いや》に気取つた奴ぢやないか」
「さうねえ、だけれど衆《みんな》があの人を目の敵《かたき》にして乱暴するので気の毒だつたわ。隣合つてゐたもんだから私まで酷《ひど》い目に遭《あは》されてよ」
「うむ、彼奴《あいつ》が高慢な顔をしてゐるからさ。実は僕も横腹《よこつぱら》を二つばかり突いて遣つた」
「まあ、酷いのね」
「ああ云ふ奴は男の目から見ると反吐《へど》が出るやうだけれど、女にはどうだらうね、あんなのが女の気に入るのぢやないか」
「私は可厭《いや》だわ」
「芬々《ぷんぷん》と香水の匂《にほひ》がして、金剛石《ダイアモンド》の金の指環を穿めて、殿様然たる服装《なり》をして、好《い》いに違無《ちがひな》いさ」
 学生は嘲《あざ》むが如く笑へり。
「私は可厭よ」
「可厭なものが組になるものか」
「組
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