と怪しむなりき。
遊「そんな筈《はず》は無い」
貫一は彼等の騒ぐを尻目に挂《か》けて、
「九十円が元金《もときん》、これに加へた二十七円は天引の三割、これが高利《アイス》の定法《じようほう》です」
音もせざれど遊佐が胆は潰《つぶ》れぬ。
「お……ど……ろ……いたね!」
蒲田は物をも言はず件《くだん》の手形を二つに引裂き、遊佐も風早もこれはと見る間に、猶《なほ》も引裂き引裂き、引捩《ひきねぢ》りて間が目先に投遣《なげや》りたり。彼は騒げる色も無く、
「何を為《なさ》るのです」
「始末をして遣つたのだ」
「遊佐さん、それでは手形もお出し下さらんのですな」
彼は間が非常手段を取らんとするよ、と心陰《こころひそか》に懼《おそれ》を作《な》して、
「いやさう云ふ訳ぢやない……」
蒲田は※[#「※」は「にんべん+乞」、167−14]《きつ》と膝《ひざ》を前《すす》めて、
「いや、さう云ふ訳だ!」
彼の鬼臉《こはもて》なるをいと稚《をさな》しと軽《かろ》しめたるやうに、間はわざと色を和《やはら》げて、
「手形の始末はそれで付いたか知りませんが、貴方《あなた》も折角中へ入つて下さるなら、も少し男らしい扱をなさいましな。私《わたくし》如き畜生とは違つて、貴方は立派な法学士」
「おお俺が法学士ならどうした」
「名実が相副《あひそ》はんと謂ふのです」
「生意気なもう一遍言つて見ろ」
「何遍でも言ひます。学士なら学士のやうな所業を為《な》さい」
蒲田が腕《かひな》は電光の如く躍《をど》りて、猶言はんとせし貫一が胸先を諸掴《もろつかみ》に無図《むず》と捉《と》りたり。
「間、貴様は……」
捩向《ねぢむ》けたる彼の面《おもて》を打目戍《うちまも》りて、
「取つて投げてくれやうと思ふほど憎い奴でも、かうして顔を見合せると、白い二本筋の帽子を冠《かぶ》つて煖炉《ストオブ》の前に膝を並べた時分の姿が目に附いて、嗚呼《ああ》、順《おとなし》い間を、と力抜《ちからぬけ》がして了ふ。貴様これが人情だぞ」
鷹《たか》に遭《あ》へる小鳥の如く身動《みうごき》し得為《えせ》で押付けられたる貫一を、風早はさすがに憫然《あはれ》と見遣りて、
「蒲田の言ふ通りだ。僕等も中学に居た頃の間《はざま》と思つて、それは誓つて迷惑を掛けるやうな事は為んから、君も友人の誼《よしみ》を思つて、二人の頼を聴いてくれ
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