の面《つら》を蹈んだ」
「でも仕合《しあはせ》と皮の厚いところで」
「怪《け》しからん!」
妻の足の痛《いたみ》は忽《たちま》ち下腹に転《うつ》りて、彼は得堪へず笑ふなりけり。
風「常談どころぢやない、下では苦しんでゐる人があるのだ」
蒲「その苦しめてゐる奴だ、不思議ぢやないか、間だよ、あの間貫一だよ」
敵寄すると聞きけんやうに風早は身構へて、
「間貫一、学校に居た?!」
「さう! 驚いたらう」
彼は長き鼻息を出して、空《むなし》く眼《まなこ》を※[#「※」は「目+登」、152−8]《みは》りしが、
「本当かい」
「まあ、見て来たまへ」
別して呆《あき》れたるは主《あるじ》の妻なり。彼は鈍《おぞ》ましからず胸の跳《をど》るを覚えぬ。同じ思は二人が面《おもて》にも顕《あらは》るるを見るべし。
「下に参つてゐるのは御朋友《ごほうゆう》なのでございますか」
蒲田は忙《せは》しげに頷《うなづ》きて、
「さうです。我々と高等中学の同級に居つた男なのですよ」
「まあ!」
「夙《かね》て学校を罷《や》めてから高利貸《アイス》を遣つてゐると云ふ話は聞いてゐましたけれど、極温和《ごくおとなし》い男で、高利貸《アイス》などの出来る気ぢやないのですから、そんな事は虚《うそ》だらうと誰も想つてをつたのです。ところが、下に来てゐるのがその間貫一ですから驚くぢやありませんか」
「まあ! 高等中学にも居た人が何だつて高利貸などに成つたのでございませう」
「さあ、そこで誰も虚《うそ》と想ふのです」
「本《ほん》にさうでございますね」
少《すこし》き前に起ちて行きし風早は疑《うたがひ》を霽《はら》して帰り来《きた》れり。
「どうだ、どうだ」
「驚いたね、確に間貫一!」
「アルフレッド大王の面影《おもかげ》があるだらう」
「エッセクスを逐払《おつぱら》はれた時の面影だ。然し彼奴《あいつ》が高利貸を遣らうとは想はなかつたが、どうしたのだらう」
「さあ、あれで因業《いんごう》な事が出来るだらうか」
「因業どころではございませんよ」
主《あるじ》の妻はその美き顔を皺《しわ》めたるなり。
蒲「随分|酷《ひど》うございますか」
妻「酷うございますわ」
こたびは泣顔せるなり。風早は決するところ有るが如くに余せし茶をば遽《にはか》に取りて飲干し、
「然し間であるのが幸《さいはひ》だ、押掛けて行つて、
前へ
次へ
全354ページ中109ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング