手段なのだ」
「それは固より御同感さ。けれども、紳士が高利《アイス》を借りて、栄と為るに足れりと謂《い》ふに至つては……」
 蒲田は恐縮せる状《さま》を作《な》して、
「それは少し白馬は馬に非《あら》ずだつたよ」
「時に、もう下へ行つて見て遣り給へ」
「どれ、一匕《いつぴ》深く探る蛟鰐《こうがく》の淵《えん》と出掛けやうか」
「空拳《くうけん》を奈《いか》んだらう」
 一笑して蒲田は二階を下りけり。風早は独《ひと》り臥《ね》つ起きつ安否の気遣《きづかは》れて苦き無聊《ぶりよう》に堪へざる折から、主《あるじ》の妻は漸《やうや》く茶を持ち来りぬ。
「どうも甚《はなは》だ失礼を致しました」
「蒲田は座敷へ参りましたか」
 彼はその美き顔を少く赧《あか》めて、
「はい、あの居間へお出《いで》で、紙門越《ふすまごし》に様子を聴いてゐらつしやいます。どうもこんなところを皆様のお目に掛けまして、実にお可恥《はづかし》くてなりません」
「なあに、他人ぢやなし、皆様子を知つてゐる者ばかりですから構ふ事はありません」
「私《わたくし》はもう彼奴《あいつ》が参りますと、惣毛竪《そうけだ》つて頭痛が致すのでございます。あんな強慾な事を致すものは全く人相が別でございます。それは可厭《いや》に陰気な※[#「※」は「韋+(仞−イ)」、151−1]々《ねちねち》した、底意地の悪さうな、本当に探偵小説にでも在りさうな奴でございますよ」
 急足《いそぎあし》に階子《はしご》を鳴して昇り来りし蒲田は、
「おいおい風早、不思議、不思議」
 と上端《あがりはな》に坐れる妻の背後《うしろ》を過《すぐ》るとて絶《したた》かその足を蹈付《ふんづ》けたり。
「これは失礼を。お痛うございましたらう。どうも失礼を」
 骨身に沁《し》みて痛かりけるを妻は赤くなりて推怺《おしこら》へつつ、さり気無く挨拶《あいさつ》せるを、風早は見かねたりけん、
「不相変《あひかはらず》麁相《そそつ》かしいね、蒲田は」
「どうぞ御免を。つい慌《あわ》てたものだから……」
「何をそんなに慌てるのさ」
「落付《おちつか》れる訳のものではないよ。下に来てゐる高利貸《アイス》と云ふのは、誰《たれ》だと思ふ」
「君のと同し奴かい」
「人様の居る前で君の[#「君の」に傍点]とは怪しからんぢやないか」
「これは失礼」
「僕は妻君の足を蹈んだのだが、君は僕
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