蒲「それは結構だ。さう泊《とまり》が知れて見ると急ぐにも当らんから、どうだね、一ゲエム。君はこの頃風早と対《たい》に成つたさうだが、長足の進歩ぢやないか。然《しか》し、どうもその長足のちやう[#「ちやう」に傍点]はてう[#「てう」に傍点](貂)足らず、続《つ》ぐにフロックを以つて為るのぢやないかい。この頃は全然《すつかり》フロックが止《とま》つた? ははははは[#「ははははは」に傍点]、それはお目出度《めでた》いやうな御愁傷のやうな妙な次第だね。然し、フロックが止つたのは明《あきらか》に一段の進境を示すものだ。まあ、それで大分話せるやうになりました」
 風早は例の皺嗄声《しわかれごゑ》して大笑《たいしよう》を発せり。
風「更に一段の進境を示すには、竪杖《たてキュウ》をして二寸三分クロオスを裂《やぶ》かなければ可けません」
蒲「三たび臂《ひぢ》を折つて良医となるさ。あれから僕は竪杖《たてキュウ》の極意を悟つたのだ」
風「へへへ、この頃の僕の後曳《あとびき》の手際《てぎは》も知らんで」
 これを聞きて、こたびは遊佐が笑へり。
遊「君の後曳も口ほどではないよ。この間|那処《あすこ》の主翁《おやぢ》がさう言つてゐた、風早さんが後曳を三度なさると新いチョオクが半分|失《なくな》る……」
蒲「穿得《うがちえ》て妙だ」
風「チョオクの多少は業《わざ》の巧拙には関せんよ。遊佐が無闇《むやみ》に杖《キュウ》を取易《とりか》へるのだつて、決して見《み》とも好くはない」
 蒲田は手もて遽《にはか》に制しつ。
「もう、それで可い。他《ひと》の非を挙げるやうな者に業《わざ》の出来た例《ためし》が無い。悲い哉《かな》君達の球も蒲田に八十で底止《とまり》だね」
風「八十の事があるものか」
蒲「それでは幾箇《いくつ》で来るのだ」
「八十五よ」
「五とは情無い! 心の程も知られける哉《かな》だ」
「何でも可いから一ゲエム行かう」
「行かうとは何だ! 願ひますと言ふものだ」
 語《ことば》も訖《をは》らざるに彼は傍腹《ひばら》に不意の肱突《ひぢつき》を吃《くら》ひぬ。
「あ、痛《いた》! さう強く撞《つ》くから毎々球が滾《ころ》げ出すのだ。風早の球は暴《あら》いから癇癪玉《かんしやくだま》と謂ふのだし、遊佐のは馬鹿に柔《やはらか》いから蒟蒻玉《こんにやくだま》。それで、二人の撞くところは電公《かみ
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