ま》さるると知れる彼の友は皆驚けるなり。或ものは結婚費なるべしと言ひ、或ものは外《おもて》を張らざるべからざる為の遣繰《やりくり》なるべしと言ひ、或ものは隠遊《かくれあそび》の風流債ならんと説くもありて、この不思議の負債とその美き妻とは、遊佐に過ぎたる物が二つに数へらるるなりき。されどもこは謂《い》ふべからざる事情の下に連帯の印《いん》を仮《か》せしが、形《かた》の如く腐れ込みて、義理の余毒の苦を受《うく》ると知りて、彼の不幸を悲むものは、交際官試補なる法学士|蒲田《かまだ》鉄弥と、同会社の貨物課なる法学士|風早庫之助《かざはやくらのすけ》とあるのみ。
凡《およ》そ高利の術たるや、渇者《かつしや》に水を売るなり。渇の甚《はなはだし》く堪《た》へ難き者に至りては、決してその肉を割《さ》きてこれを換ふるを辞せざるべし。この急に乗じてこれを売る、一杯の水もその値《あたひ》玉漿《ぎよくしよう》を盛るに異る無し。故《ゆゑ》に前後不覚に渇する者能くこれを買ふべし、その渇の癒《いゆ》るに及びては、玉漿なりとして喜び吃《きつ》せしものは、素《も》と下水の上澄《うはずみ》に過ぎざるを悟りて、痛恨、痛悔すといへども、彼は約の如く下水の倍量をばその鮮血に搾《しぼ》りその活肉に割きて以て返さざるべからず。噫《ああ》、世間の最も不敵なる者高利を貸して、これを借《か》るは更に最も不敵なる者と為さざらんや。ここを以《も》て、高利は借《か》るべき人これを借りて始めて用ゐるべし。さらずばこれを借るの覚悟あるべきを要す。これ風早法学士の高利貸に対する意見の概要なり。遊佐は実にこの人にあらず、又この覚悟とても有らざるを、奇禍に罹《かか》れる哉《かな》と、彼は人の為ながら常にこの憂《うれひ》を解く能《あた》はざりき。
近きに郷友会《きようゆうかい》の秋季大会あらんとて、今日委員会のありし帰《かへる》さを彼等は三人《みたり》打連れて、遊佐が家へ向へるなり。
「別に御馳走《ごちそう》と云つては無いけれど、松茸《まつだけ》の極新《ごくあたらし》いのと、製造元から貰《もら》つた黒麦酒《くろビイル》が有るからね、鶏《とり》でも買つて、寛《ゆつく》り話さうぢやないか」
遊佐が弄《まさぐ》れる半月形の熏豚《ハム》の罐詰《かんづめ》も、この設《まうけ》にとて途《みち》に求めしなり。
蒲田の声は朗々として聴くに快く
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