やうに燈籠に倚《よら》しめ、頬杖を※[#「※」は「てへん+主」]《つか》しめ、空を眺めよと教へて、袂《たもと》の皺《しわ》めるを展《の》べ、裾《すそ》の縺《もつれ》を引直し、さて好しと、少《すこし》く退《の》きて姿勢を見るとともに、彼はその面《おもて》の可悩《なやまし》げに太《いた》くも色を変へたるを発見して、直《ただち》に寄り来つ、
「どうしたのだい、おまへ、その顔色は? 何処《どこ》か不快《わるい》のか、ええ。非常な血色だよ。どうした」
「少しばかり頭痛がいたすので」
「頭痛? それぢやかうして立つてをるのは苦いだらう」
「いいえ、それ程ではないので」
「苦いやうなら我慢をせんとも、私《わし》が訳を言つてお謝絶《ことわり》をするから」
「いいえ、宜《よろし》うございますよ」
「可いかい、本当に可いかね。我慢をせんとも可いから」
「宜うございますよ」
「さうか、然し非常に可厭《いや》な色だ」
彼は眷々《けんけん》として去る能《あた》はざるなり。待ちかねたる子爵は呼べり。
「如何《いかが》ですか」
唯継は慌忙《あわただし》く身を開きて、
「一つこれで御覧下さい」
鏡面《レンズ》に照して二三の改むべきを注意せし後、子爵は種板《たねいた》を挿入《さしい》るれば、唯継は心得てその邇《ちかき》を避けたり。
空を眺むる宮が目の中《うち》には焚《も》ゆらんやうに一種の表情力|充満《みちみ》ちて、物憂さの支へかねたる姿もわざとならず。色ある衣《きぬ》は唐松《からまつ》の翠《みどり》の下蔭《したかげ》に章《あや》を成して、秋高き清遠の空はその後に舗《し》き、四脚《よつあし》の雪見燈籠を小楯《こだて》に裾の辺《あたり》は寒咲躑躅《かんざきつつじ》の茂《しげみ》に隠れて、近きに二羽の鵞《が》の汀《みぎは》に※[#「※」は「求/食」、142−5]《あさ》るなど、寧《むし》ろ画にこそ写さまほしきを、子爵は心に喜びつつ写真機の前に進み出で、今や鏡面《レンズ》を開かんと構ふる時、貴婦人の頬杖は忽《たちま》ち頽《くづ》れて、その身は燈籠の笠の上に折重なりて岸破《がば》と伏しぬ。
第 五 章
遊佐良橘《ゆさりようきつ》は郷里に在りし日も、出京の遊学中も、頗《すこぶ》る謹直を以《も》て聞えしに、却《かへ》りて、日本周航会社に出勤せる今日《こんにち》、三百円の高利の為に艱《なや
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