こみち》を行けば、蹈処無《ふみどころな》く地を這《は》ふ葛《くず》の乱れ生《お》ひて、草藤《くさふぢ》、金線草《みづひき》、紫茉莉《おしろい》の色々、茅萱《かや》、穂薄《ほすすき》の露滋《つゆしげ》く、泉水の末を引きて※[#「※」は「鄰−おおざと+巛」、138−9]々《ちよろちよろ》水《みづ》を卑《ひく》きに落せる汀《みぎは》なる胡麻竹《ごまたけ》の一叢《ひとむら》茂れるに隠顕《みえかくれ》して苔蒸《こけむ》す石組の小高きに四阿《あづまや》の立てるを、やうやう辿り着きて貴婦人は艱《なやま》しげに憩へり。
彼は静緒の柱際《はしらぎは》に立ちて控ふるを、
「貴方もお草臥《くたびれ》でせう、あれへお掛けなさいな。未だ私の顔色は悪うございますか」
その色の前《さき》にも劣らず蒼白《あをざ》めたるのみならで、下唇の何に傷《きずつ》きてや、少《すこし》く血の流れたるに、彼は太《いた》く驚きて、
「あれ、お唇から血が出てをります。如何《いかが》あそばしました」
ハンカチイフもて抑へければ、絹の白きに柘榴《ざくろ》の花弁《はなびら》の如く附きたるに、貴婦人は懐鏡《ふところかがみ》取出《とりいだ》して、咬《か》むことの過ぎし故《ゆゑ》ぞと知りぬ。実《げ》に顔の色は躬《みづから》も凄《すご》しと見るまでに変れるを、庭の内をば幾周《いくめぐり》して我はこの色を隠さんと為《す》らんと、彼は心陰《こころひそか》に己《おのれ》を嘲《あざけ》るなりき。
忽《たちま》ち女の声して築山の彼方《あなた》より、
「静緒さん、静緒さん!」
彼は走り行き、手を鳴して応《こた》へけるが、やがて木隠《こがくれ》に語《かたら》ふ気勢《けはひ》して、返り来ると斉《ひとし》く賓《まらうど》の前に会釈して、
「先程からお座敷ではお待兼でゐらつしやいますさうで御座いますから、直《すぐ》に彼方《あちら》へお出《いで》あそばしますやうに」
「おや、さうでしたか。随分先から長い間道草を食べましたから」
道を転じて静緒は雲帯橋《うんたいきよう》の在る方《かた》へ導けり。橋に出づれば正面の書院を望むべく、はや所狭《ところせま》きまで盃盤《はいばん》を陳《つら》ねたるも見えて、夫は席に着きゐたり。
此方《こなた》の姿を見るより子爵は縁先に出でて麾《さしまね》きつつ、
「そこをお渡りになつて、此方《こちら》に燈籠《とうろ
前へ
次へ
全354ページ中100ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 紅葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング