る真珠は焚《も》ゆる如く輝きぬ。塵《ちり》をだに容《ゆる》さず澄みに澄みたる添景の中《うち》に立てる彼の容華《かほばせ》は清く鮮《あざやか》に見勝《みまさ》りて、玉壺《ぎよくこ》に白き花を挿《さ》したらん風情《ふぜい》あり。静緒は女ながらも見惚《みと》れて、不束《ふつつか》に眺入《ながめい》りつ。
 その目の爽《さはやか》にして滴《したた》るばかり情《なさけ》の籠《こも》れる、その眉《まゆ》の思へるままに画《えが》き成せる如き、その口元の莟《つぼみ》ながら香《か》に立つと見ゆる、その鼻の似るものも無くいと好く整ひたる、肌理濃《きめこまやか》に光をさへ帯びたる、色の透《とほ》るばかりに白き、難を求めなば、髪は濃くて瑩沢《つややか》に、頭《かしら》も重げに束《つか》ねられたれど、髪際《はへぎは》の少《すこし》く打乱れたると、立てる容《かたち》こそ風にも堪《た》ふまじく繊弱《なよやか》なれど、面《おもて》の痩《やせ》の過ぎたる為に、自《おのづか》ら愁《うれはし》う底寂《そこさびし》きと、頸《えり》の細きが折れやしぬべく可傷《いたはし》きとなり。
 されどかく揃《そろ》ひて好き容量《きりよう》は未《いま》だ見ずと、静緒は心に驚きつつ、蹈外《ふみはづ》せし麁忽《そこつ》ははや忘れて、見据うる流盻《ながしめ》はその物を奪はんと覘《ねら》ふが如く、吾を失へる顔は間抜けて、常は顧らるる貌《かたち》ありながら、草の花の匂無きやうに、この貴婦人の傍《かたはら》には見劣せらるること夥《おびただし》かり。彼は己《おのれ》の間抜けたりとも知らで、返す返すも人の上を思ひて止《や》まざりき。実《げ》にこの奥方なれば、金時計持てるも、真珠の襟留せるも、指環を五つまで穿《さ》せるも、よし馬車に乗りて行かんとも、何をか愧《は》づべき。婦《をんな》の徳をさへ虧《か》かでこの嬋娟《あでやか》に生れ得て、しかもこの富めるに遇《あ》へる、天の恵《めぐみ》と世の幸《さち》とを併《あは》せ享《う》けて、残る方《かた》無き果報のかくも痛《いみじ》き人もあるものか。美きは貧くて、売らざるを得ず、富めるは醜くて、買はざるを得ず、二者《ふたつ》は※[#「※」は「りっしんべん+(篋−竹)」、126−2]《かな》はぬ世の習なるに、女ながらもかう生れたらんには、その幸《さいはひ》は男にも過ぎぬべしなど、若き女は物羨《ものうらや
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