得て辛《から》くも繩附《なはつき》たらざるの罪を犯し、積不善の五六千円に達せし比《ころ》、あだかも好し、畔柳の後見を得たりしは、虎《とら》に翼を添へたる如く、現に彼の今運転せる金額は殆《ほとん》ど数万に上るとぞ聞えし。
畔柳はこの手より穫《とりい》るる利の半《なかば》は、これを御殿《ごてん》の金庫に致し、半はこれを懐《ふところ》にして、鰐淵もこれに因《よ》りて利し、金《きん》は一《いつ》にしてその利を三にせる家令が六臂《ろつぴ》の働《はたらき》は、主公が不生産的なるを補ひて猶《なほ》余ありとも謂《い》ふべくや。
鰐淵直行、この人ぞ間貫一が捨鉢《すてばち》の身を寄せて、牛頭馬頭《ごずめず》の手代と頼まれ、五番町なるその家に四年《よとせ》の今日《こんにち》まで寄寓《きぐう》せるなり。貫一は鰐淵の裏二階なる八畳の一間を与へられて、名は雇人なれども客分に遇《あつか》はれ、手代となり、顧問となりて、主《あるじ》の重宝大方ならざれば、四年《よとせ》の久《ひさし》きに弥《わた》れども主は彼を出《いだ》すことを喜ばず、彼もまた家を構《かま》ふる必要無ければ、敢《あへ》て留るを厭《いと》ふにもあらで、手代を勤むる傍《かたはら》若干《そくばく》の我が小額をも運転して、自《おのづか》ら営む便《たより》もあれば、今|憖《なまじ》ひにここを出でて痩臂《やせひぢ》を張らんよりは、然《しか》るべき時節の到来を待つには如《し》かじと分別せるなり。彼は啻《ただ》に手代として能《よ》く働き、顧問として能く慮《おもんぱか》るのみをもて、鰐淵が信用を得たるにあらず、彼の齢《よはひ》を以てして、色を近けず、酒に親まず、浪費せず、遊惰せず、勤むべきは必ず勤め、為すべきは必ず為して、己《おのれ》を衒《てら》はず、他《ひと》を貶《おとし》めず、恭謹にしてしかも気節に乏からざるなど、世に難有《ありがた》き若者なり、と鰐淵は寧《むし》ろ心陰《こころひそか》に彼を畏《おそ》れたり。
主《あるじ》は彼の為人《ひととなり》を知りし後《のち》、如此《かくのごと》き人の如何《いか》にして高利貸などや志せると疑ひしなり、貫一は己《おのれ》の履歴を詐《いつは》りて、如何なる失望の極身をこれに墜《おと》せしかを告げざるなりき。されども彼が高等中学の学生たりしことは後に顕《あらは》れにき。他の一事の秘に至りては、今もなほ主が疑問
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