に掛けたる半身像は、彼女《かのをんな》が十九の春の色を苦《ねんごろ》に手写《しゆしや》して、嘗《かつ》て貽《おく》りしものなりけり。
 殿はこの失望の極|放肆《ほうし》遊惰の裏《うち》に聊《いささ》か懐《おもひ》を遣《や》り、一具の写真機に千金を擲《なげう》ちて、これに嬉戯すること少児《しように》の如く、身をも家をも外《ほか》にして、遊ぶと費すとに余念は無かりけれど、家令に畔柳元衛《くろやなぎもとえ》ありて、その人|迂《う》ならず、善く財を理し、事を計るに由りて、かかる疎放の殿を戴《いただ》ける田鶴見家も、幸《さいはひ》に些《さ》の破綻《はたん》を生ずる無きを得てけり。
 彼は貨殖の一端として密《ひそか》に高利の貸元を営みけるなり。千、二千、三千、五千、乃至《ないし》一万の巨額をも容易に支出する大資本主たるを以《も》て、高利貸の大口を引受くる輩《はい》のここに便《たよ》らんとせざるはあらず。されども慧《さかし》き畔柳は事の密なるを策の上と為《な》して叨《みだり》に利の為に誘はれず、始よりその藩士なる鰐淵|直行《ただゆき》の一手に貸出すのみにて、他は皆彼の名義を用ゐて、直接の取引を為さざれば、同業者は彼の那辺《いづれ》にか金穴《きんけつ》あるを疑はざれども、その果して誰なるやを知る者絶えてあらざるなりき。
 鰐淵《わにぶち》の名が同業間に聞えて、威権をさをさ四天王の随一たるべき勢あるは、この資本主の後楯《うしろだて》ありて、運転神助の如きに由るのみ。彼は元田鶴見の藩士にて、身柄は謂《い》ふにも足らぬ足軽頭《あしがるがしら》に過ぎざりしが、才覚ある者なりければ、廃藩の後《のち》出《い》でて小役人を勤め、転じて商社に事《つか》へ、一時|或《あるひ》は地所家屋の売買を周旋し、万年青《おもと》を手掛け、米屋町《こめやまち》に出入《しゆつにゆう》し、何《いづ》れにしても世渡《よわたり》の茶を濁さずといふこと無かりしかど、皆思はしからで巡査を志願せしに、上官の首尾好く、竟《つひ》には警部にまで取立てられしを、中ごろにして金《きん》これ権《けん》と感ずるところありて、奉職中|蓄得《たくはへえ》たりし三百余円を元に高利貸を始め、世間の未《いま》だこの種の悪手段に慣れざるに乗じて、或《ある》は欺き、或は嚇《おど》し、或は賺《すか》し、或は虐《しひた》げ、纔《わづか》に法網を潜《くぐ》り
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