違無いぢやないか」
 横浜! 横浜! と或《あるひ》は急に、或は緩《ゆる》く叫ぶ声の窓の外面《そとも》を飛過《とびすぐ》るとともに、響は雑然として起り、迸《ほとばし》り出《い》づる、群集《くんじゆ》は玩具箱《おもちやばこ》を覆《かへ》したる如く、場内の彼方《かなた》より轟《とどろ》く鐸《ベル》の音《ね》はこの響と混雑との中を貫きて奔注せり。
[#ここから章末まで2字下げ、本文とは1行アキ]
☆昨七日《さくなぬか》イ便の葉書にて(飯田町《いいだまち》局消印)美人クリイム[#「クリイム」に傍点]の語にフエアクリイム或《あるひ》はベルクリイムの傍訓有度《ぼうくんありたく》との言《げん》を貽《おく》られし読者あり。ここにその好意を謝するとともに、聊《いささ》か弁ずるところあらむとす。おのれも始め美人[#「美人」に傍点]の英語を用ゐむと思ひしかど、かかる造語は憖《なまじひ》に理詰ならむよりは、出まかせの可笑《をかし》き響あらむこそ可《よ》かめれとバイスクリイムとも思着《おもひつ》きしなり。意《こころ》は美アイスクリイムなるを、ビ、アイ――バイの格にて試みしが、さては説明を要すべき炊冗《くだくだ》しさを嫌《きら》ひて、更に美人[#「美人」に傍点]の二字にびじ[#「びじ」に傍点]訓を付せしを、校合者《きようごうしや》の思僻《おもひひが》めてん[#「ん」に傍点]字《じ》は添へたるなり。陋《いや》しげなるびじ[#「びじ」に傍点]クリイムの響の中《うち》には嘲弄《とうろう》の意《こころ》も籠《こも》らむとてなり。なほ高諭《こうゆ》を請《こ》ふ(三〇・九・八附読売新聞より)

     第 二 章

 柵《さく》の柱の下《もと》に在りて帽を揮《ふ》りたりしは、荒尾が言《ことば》の如く、四年の生死《しようし》を詳悉《つまびらか》にせざりし間貫一にぞありける。彼は親友の前に自《みづから》の影を晦《くらま》し、その消息をさへ知らせざりしかど、陰ながら荒尾が動静の概略《あらまし》を伺ふことを怠らざりき、こ回《たび》その参事官たる事も、午後四時発の列車にて赴任する事をも知るを得しかば、余所《よそ》ながら暇乞《いとまごひ》もし、二つには栄誉の錦《にしき》を飾れる姿をも見んと思ひて、群集《くんじゆ》に紛れてここには来《きた》りしなりけり。
 何《なに》の故《ゆゑ》に間は四年の音信《おとづれ》を絶ち、又
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