ころは、何処《どこ》かアルフレッド大王に肖《に》てゐたさ」
荒尾は仰ぎて笑へり。
「君は毎《いつ》も妙な事を言ふ人ぢやね。アルフレッド大王とは奇想天外だ。僕の親友を古英雄に擬してくれた御礼に一盃《いつぱい》を献じやう」
蒲「成程、君は兄弟のやうにしてをつたから、始終|憶《おも》ひ出すだらうな」
「僕は実際死んだ弟《おとと》よりも間の居らなくなつたのを悲む」
愁然として彼は頭《かしら》を俛《た》れぬ。大島紬は受けたる盃《さかづき》を把《と》りながら、更に佐分利が持てる猪口《ちよく》を借りて荒尾に差しつ。
「さあ、君を慰める為に一番《ひとつ》間の健康を祝さう」
荒尾の喜は実《げ》に溢《あふ》るるばかりなりき。
「おお、それは辱《かたじけ》ない」
盈々《なみなみ》と酒を容《い》れたる二つの猪口は、彼等の目より高く挙げらるると斉《ひとし》く戞《かつ》と相撃《あひう》てば、紅《くれなゐ》の雫《しづく》の漏るが如く流るるを、互に引くより早く一息《ひといき》に飲乾したり。これを見たる佐分利は甘糟の膝を揺《うごか》して、
「蒲田は如才ないね。面《つら》は醜《まづ》いがあの呼吸で行くから、往々拾ひ物を為るのだ。ああ言《いは》れて見ると誰《たれ》でも些《ちよつ》と憎くないからね」
甘「遉《さすが》は交際官試補!」
佐「試補々々!」
風「試補々々立つて泣きに行く……」
荒「馬鹿な!」
言《ことば》を改めて荒尾は言出《いひいだ》せり。
「どうも僕は不思議でならんが、停車場《ステエション》で間を見たよ。間に違無いのじや」
唯《ただ》の今《いま》陰ながらその健康を祷《いの》りし蒲田は拍子を抜して彼の面《おもて》を眺《なが》めたり。
「ふう、それは不思議。他《むかふ》は気が着かなんだかい」
「始は待合所の入口《いりくち》の所で些《ちよつ》と顔が見えたのじや。余り意外ぢやつたから、僕は思はず長椅子《ソオフワア》を起つと、もう見えなくなつた。それから有間《しばらく》して又|偶然《ふつと》見ると、又見えたのじや」
甘「探偵小説だ」
荒「その時も起ちかけると又見えなくなつて、それから切符を切つて歩場《プラットフォーム》へ入るまで見えなかつたのじやが、入つて少し来てから、どうも気になるから振返つて見ると、傍《そば》の柱に僕を見て黒い帽を揮《ふ》つとる者がある、それは間よ。帽を揮つとつたから間に
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