云ふぢやないか。余程好い女ださうだね。黄金《きん》の腕環なんぞ篏《は》めてゐると云ふぢやないか。酷《ひど》い奴な! 鬼神のお松だ。佐分利はその劇なるを知りながら係《かか》つたのは、大いに冒険の目的があつて存するのだらうけれど、木乃伊《ミイラ》にならんやうに褌《ふんどし》を緊《し》めて掛るが可いぜ」
「誰《たれ》か其奴《そいつ》には尻押《しりおし》が有るのだらう。亭主が有るのか、或《あるひ》は情夫《いろ》か、何か有るのだらう」
皺嗄声《しわがれごゑ》は卒然としてこの問を発せるなり。
「それに就いては小説的の閲歴《ライフ》があるのさ、情夫《いろ》ぢやない、亭主がある、此奴《こいつ》が君、我々の一世紀|前《ぜん》に鳴した高利貸《アイス》で、赤樫権三郎《あかがしごんざぶろう》と云つては、いや無法な強慾で、加ふるに大々的|※[#「※」は「女+(徭−彳)」、82−10]物《いんぶつ》と来てゐるのだ」
「成程! 積極《しやくきよく》と消極と相触れたので爪《つめ》に火が※[#「※」は「火+(稻−禾)」、82−12]《とも》る訳だな」
大島紬が得意の※[#「※」は「言+(墟−土)」、82−13]浪《まぜかへし》に、深沈なる荒尾も已《や》むを得ざらんやうに破顔しつ。
「その赤樫と云ふ奴は貸金の督促を利用しては女を弄《もてあそ》ぶのが道楽で、此奴《こいつ》の為に汚《けが》された者は随分意外の辺《へん》にも在るさうな。そこで今の『美人《びじ》クリイム』、これもその手に罹《かか》つたので、原《もと》は貧乏士族の娘で堅気であつたのだが、老猾《おやぢ》この娘を見ると食指大いに動いた訳で、これを俘《とりこ》にしたさに父親に少しばかりの金を貸したのだ。期限が来ても返せん、それを何とも言はずに、後から後からと三四度も貸して置いて、もう好い時分に、内に手が無くて困るから、半月ばかり仲働《なかばたらき》に貸してくれと言出した。これはよしんば奴の胸中が見え透いてゐたからとて、勢ひ辞《ことわ》りかねる人情だらう。今から六年ばかり前の事で、娘が十九の年|老猾《おやぢ》は六十ばかりの禿顱《はげあたま》の事だから、まさかに色気とは想はんわね。そこで内へ引張つて来て口説いたのだ。女房といふ者は無いので、怪しげな爨妾然《たきざはりぜん》たる女を置いてをつたのが、その内にいつか娘は妾同様になつたのはどうだい!」
固
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