やがてぼんやり眼を開くと、天井に一つの眼があって、私の方をじっと眺めている。
 いつも一つの眼だ。二つじゃない。然しそれが少しも不思議でなく、自然なのだ。大きさもいろいろだが、少しも不自然なところはない。だから、形態ははっきりした眼だが、視線と言い換えても差支えないかも知れない。而も、私の方をじっと眺めている。その眺め方に、何の好奇心もなく、ただ執拗さだけがある。だから、それはもはや視線とも言えない。つまり、私の上にぴたりと据えられてる眼眸だ。
 その眼眸の現出を、私はアルコールの作用に帰したり、ヒロポンの作用に帰したり、アドルムの作用に帰したりした。そして酒との別居を真剣に考えるようにもなった。
 だが、驚くべきことには、その眼眸がいつしか、秋子の眼眸と重なり合ってきた。そう言うのも真実ではないようだ。両者が、初めは別々のものだったのか、初めから一つのものだったのか、もう私には分らないのである。両方持ち寄ると少しのずれもなく重なり合うし、実際には別々な場所に存在する。私にとっては、一方を幻覚だとするならば他方も幻覚だし、一方を現実だとするならば他方も現実だし、而もなお、一方は他方の反
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