憑きもの
豊島与志雄

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【テキスト中に現れる記号について】

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 山の湯に来て、見当が狂った。どこかに違算があったのだ。
 僅か二三泊の旅の小物類にしては、少し大きすぎる鞄を、秋子はさげて来たが、その中に、和服の袷や長襦袢がはいっていた。だが帯はない。湯からあがってくると、浴衣と丹前をぬぎすて、臙脂と青とのはでな縞お召の着物に、博多織の赤い伊達巻をきゅっと巻き緊めた姿で食卓について、真正面から私の顔にじっと眼を据えた。黒目が上ずって瞳孔が拡大してるような感じの眼で、その視線は、物を視るというよりも寧ろ、物の表面にぴたりとくっつく。それが、私の顔に、皮膚に、ぴたぴたくっついてくる。
 負けた、と認めざるを得ない。
「お酒、召しあがるでしょう。」
 いつもの癖で、丁寧な親しみの言葉遣いだ。夫婦気取りというのではなく、自然にすらすらと出てくるのである。
「うん、飲むよ。」
 たくさん飲んでやれ、と
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