いう気になる。
 彼女も酒は好きな方である。美しい二重瞼のふちがほんのりと赤らみ、次に頬や耳まで赤くなると、私の方に向けられるその眼眸は、私の肌に一層ぴたぴたとくっついてくる。
 いきおい、酒の飲み方が速くなる。
 だが、ふと杯を置いて、私は考えこんだ。
 別居、離別とまではゆかなくとも、せめて別居。――その決心が蘇ってきた。もとより、秋子に対してのことではない。酒に対してのことだ。平たく言えば、酒と同居するほど常住には飲まず、さりとて離別するほど禁酒はせず、別居という程度に節酒するという、甚だ頼りない次第であり、実はまた最も困難な次第でもあった。
 考えてみれば、もともと酒好きではあったが、斯くも酒飲みになったのは、どうやら、自分の才能を発見してからのことらしい。カストリ雑誌とか何とか言われて、世間にもてはやされる有力誌の、いやしくも編輯者たるものは、須らくカストリぐらいは飲まざる可らず、などと言っているうちはさほどでもなかった。ところが、その編輯者たる自分のうちに、優秀な執筆者の才能を発見するに及んで、事態は進展してきた。この優秀な執筆者の才能なるものが、頗る妙なもので、第一には、
前へ 次へ
全28ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング