心の中で呟く。私としても、さほど確固たる決意があるわけではない。実のところ、酒よりも、あの眼だ。
いつの頃からか、記憶にはないが、私は一種の眼の幻影を見るようになった。初めは、何かが、誰かが、私の方をじっと見ているという、漠然たる感じだったが、遂には、一つの眼が、はっきりした形となって現出してきた。
ひょっとした気持ちの隙間に、自分を見ている者があると感ずることは、大抵の人が経験するところであろう。浅間しいことをしている場合に多い。そして自分を見ているその者は、或は神と呼ばれることもあろうし、或は悪魔と呼ばれることもあろうし、或は単に自意識だとされることもあろう。
然し、私のはそのようなものではない。私の方をじっと見ている何かが、現実的に存在するのだ。やがては、その眼が現実的に存在するのだ。而もただ眼だけで、他に何もない。
自分自身から自分の姿が遊離して、自分がしようと思うことを先立ってやってしまうことを、モーパッサンは晩年の幾つかの短篇に書いている。仕事をするつもりで書斎にはいってくると、其奴が机に坐って仕事をしている。水を飲もうとすると、其奴が水瓶の水をコップについで飲ん
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