みても、それは明日にしか通用しない。
明日のことを夢みながら、今日という一日一日を私は過した。身体は変調だった。時あって、胃が痛む、横腹が痛む、腰がふらふらする、膝ががくがくする、頸筋がひきつる。頭の中にはいつもぼーと霧がかかっている。物忘れすること甚しい。寝床の中で眼を覚して、手や足がしびれてることはしばしばだ。
夜遅く、杉幸で飲んでいる時、突然、私は顔一面に汗をかき、頭からぽっと湯気を立てた。ハンケチでやけに顔を拭き、それから、銚子を三本、一度に持って来てくれと秋子に頼んだ。もう他に客もなく、火も落ちてるらしかったが、秋子はいつも従順だ。
私は一本の銚子から一杯飲んだ。
「これは僕自身。」
次の銚子から一杯飲んだ。
「これは酒。」
その次の銚子から一杯飲んだ。
「これは杉幸。」
眼に涙がにじんできた。
「三人とも、明日から別居だ。」
「何かのおまじないですか。」と秋子は言った。
「真面目な話だ。夫婦の仲にも別居ということがある。僕と酒と杉幸、こりゃあ夫婦の間よりもっと仲がよかった。然し僕は決心をしたんだ。明日から別居だ。」
「いっそ、離縁をなさらないの。」
「離縁はしな
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