開いた。折詰には海苔巻がはいっていた。海苔巻の中は、干瓢と沢庵と玉子焼である。それをつまみながら、私はサイダー瓶の酒を飲み、彼女は水筒の茶を飲んだ。
「さっき、なにをお怒りなすったの。」
「怒りやしないよ。」
「そう。」
「怒りやしない。」
 彼女はにこりと笑った。
 至極、太平なのである。だが、一瞬、不安がかすめた。危なかった。私は彼女を火口の中に突き落すか、一緒に飛びこむか、どちらかを遂行したかも知れない。遂行、そうだ、前からその計画が胸に萌していたようでもある。浅間山麓に行こうと誘った時から、或は、登山しようと言い出した時から、無意識のうちにその思いがなかったであろうか。有ったとも無かったとも言えない。だがあの時は全く、危険な瞬間だった。あの決定的な瞬間に、私が彼女を引き戻したのは、なぜか。危険だったからと、循環するより外はない。その危険を避けたのは、私の弱さであろうか、愛情であろうか、本能であろうか。
 然し、そのような思いも、既に回顧にすぎない。不安はすぐに去って、太平な気持ちになる。山の上で海苔巻などを頬張ってるのは、よいことである。
「ずいぶんたくさんあるね。」
「またあ
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