っと全身に流れる、あの危険だ。そしてその危険が、私から彼女へ伝わる。彼女は振り向いた。表情もなにも私の眼にはいらない。私は飛びついた。彼女を突き落すか、彼女と一緒に転げこむか。私は飛びついて、然し、後方へ引き倒した。
 彼女は砂上にのび、私はそばに屈みこんでその腕を捉えていた。
「危ない。」
 彼女は半身を起して、私を見守った。
「危ないじゃないか。」
 私は怒鳴りつけた。彼女は私の顔を見つめた。私の激しい憤怒に、彼女は圧倒されたようで、口を利けず、じっと見つめてるだけだ。その眼が、違っていた。ぴたりと張りつくだけで何にも見えない眼眸ではなく、生々と光って、何かを探りあてようとする視力だ。私は彼女の肩を抱き、そして囁いた。
「心配しないでもいい。」
 彼女は頷いたが、何を頷いたのか私にも分らず、ただ白々しい気持ちになった。私は立ち上り、彼女も立ち上り、そして火口を離れて歩きだした。
 夜は明けてきた。火口の中にも明るみがさして、底の赤熱の光りは淡くなり、ただいぶってるだけである。中天はもう青く冴え、東の空の薄靄の中に、白い太陽が浮き出している。
 岩かげの地面に腰を下して、私達は弁当を
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