は既に明るいが、地上にはまだ薄闇が漂っていて、火口壁のあちこちに、粗らな人影が影絵のように見える。火口の縁に辿りつくと、硫黄の匂いと大きな轟きとに包まれる。
深く大きくえぐれた端正な噴火口である。底の一部に、ぐらぐら沸き立ってる赤熱があって、そこから噴煙が立ち昇り、渦巻く気流に従って、噴煙は火口一杯に立ち籠め、或はすーっと一方の火口壁から流れ出す。断崖の肌が、灰色に赤や青の点彩をつけて、現われたり隠れたりする。
「まあ、きれい。」
秋子は嘆声を発して、火口を覗きこんでいる。
私はぎくりとして身を退いた。ふしぎなことに、噴火口を見た時から、彼女の存在を忘れていた。それが突然、彼女の嘆声によって、夢から呼び覚された工合になった。彼女がすぐそこに居たのだ。淡緑色の簡素なスーツをつけ、髪は宿での和服の時とちがい、頸すじに梳かし流し、横顔が蝋のように白い。足元には、数十メートルの断崖と、赤熱の熔炉。危ない。彼女のためにではなく、自分自身に私は感じた。夢の中で見るのと、同じ危険だ。底知れぬ断崖の上に立ち、一歩誤れば、その奈落に墜落するばかりで、もう既に足場はなく、墜落の手前の一瞬間、恐怖がぞ
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