間の噴煙も、彼女の興味をあまり引かないらしい。私は寝ころんで文庫本を読み、彼女はトランプの独り占いなどをやる。何のためにこんな処まで来たのだか分らない。酒を飲み、飯を食い、湯にはいるだけのことだ。話の種もあまりない。二人くっついていて、そして……情死を躊躇してる男女のようにも見えるだろう。
 宿のわきに、ささやかな渓流がある。私は浴衣と丹前の姿でぶらりと脱け出す。渓流の水は少く、河原が広くて、灌木や雑草が茂っている。河原伝いに、ほそぼそと路が続いている。私はその路をさか上ってゆく。白や赤の花が咲いている。思わぬところから小鳥が飛び立つ。人影はない。路はとぎれがちで、やがて叢の中に迷いこんでしまう。河原におりてゆき、大きな石に腰をおろすと、浅間の噴煙が真正面に見える。
 噴煙とも思えないほどの、静かな白い煙である。空は青くあくまでも高い。その中空に、円みをもって盛り上ってる峯から、煙はゆるやかに流れて、行方も分らず消え失せる。頼りなく淋しい。剛壮な気など少しもない。私の心がそうだからであろうか。軽く眩暈がするようだ。顔を伏せて河原の小石を眺める。初夏の陽は照っているのに、その温かみを背に
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