に皺を刻むことさえなく、僅かに腹部を波動させるだけである。そしてオルガスムの後で、私の胸に顔を埋めて、くくくくと笑う。何か悪戯をした後の子供のような忍び笑いだ。羞恥の笑いでもなく、人をばかにした笑いでもない。くくくく、ただ本能的な反射的な笑いだ。それが私の心をすっかり冷してしまう。可愛いと思うどころか、何かの欠陥に突き当った感じである。
 どうかすると、眼をあけて、と彼女は言うことがある。あたしの眼を見て、と言うことがある。それだけが唯一の要求だ。さすがに大きくは眼を開けず、薄目をあけて彼女の眼に見入るのだが、その視線を彼女の眼は呑みこみ、ぼーとした夜燈の薄明りの中で、彼女の眼は空洞のようにも思える。その空洞に柔かな白いものが一杯つまり、黒目が液体となってとろけ、瞳孔は拡大したままで、私の方に覆いかぶさってくる。物を見てる眼ではない。かぶさってきて、膏薬のようにひたりとくっつき、相手の息の根を塞いでしまう眼だ。
 その眼を、私はいつも自分の肌に感じた。
 秋子は一人になるのを嫌った。外に出歩くのを好まず、随って私も宿の室に引籠っていなければならない。高原の風物も、初夏の中空に立ち昇る浅
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