、それが一つ一つの事柄に就いてであって、全体としてはどこかに断層みたいなものがあるらしくも見える。杉幸のお上さんの姪とかいうことだが、勿論処女ではなく、年は三十に近い。
 中一日おいた次の晩、彼女はウイスキーを一本ぶらさげて、私のアパートへ遊びに来た。
「店の方はいいのかい。」
「お友だちのところへ行くことにして、出て来ました。」
「そんな物を持って来ると、ほんとにとり憑くよ。」
 彼女はにこりと笑って、私の方へじっと眼を据えた。こちらの肌にぴたりと張りつくようなその眼眸に、異様な魅力があった。私は彼女へ飛びかかっていった。
 それから、私と彼女との交渉は頻繁になった。彼女は大胆だった。杉幸の店で、他の客の前でも、普通の言葉遣いのうちに親昵の調子を露骨に現わした。雑誌社の方へも度々電話をかけてきた。アパートへもしばしばやって来、私の不在中にも上りこみ、泊ってゆくこともあった。私は平然と彼女を連れ歩いた。知人間に二人の噂は次第に拡がってゆくらしかった。杉幸の主人とお上さんがどう思ってるかは、私の知るところでなかった。彼等からも私からも何とも言い出さなかった。普通の恋愛関係とは違っていた。
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