「霊の世界はあります。ただ、その霊界との通信が、普通の人には出来ないだけのことで、特殊な能力を持ってる人、霊能者には、それが出来ます。」
 速記後の雑談には、お上さんや秋子もお酌しながら加わっていた。お上さんは尋ねた。
「霊の世界には、やはり、狐や狸みたいなものの霊も、あるのでございましょうか。」
「あります。いろいろなものの霊がありますよ。天狗の霊などは、霊能者にしばしば通信してくれます。」
 それからまた怪談となった。
 私は意外なことを発見した。それまで、怪談とか迷信とか霊界とかを軽蔑しきっていたが、実はそういうものが、アルコールと同様に私の精神を酔わせ、アルコール以上に私の精神の栄養分となりそうに思われたのだ。宗教は阿片かも知れないが、そういう規格づけられた宗教は別として、妖怪変化や悪魔の類は、私の萎靡した創造能力を鼓舞してくれそうだった。
 私は楽しく酒を飲んだ。散会してからも、新橋駅までの客の見送りは黒田と安藤とに任せ、一人居残って酒を飲んだ。
「も少し飲もうよ。今夜は面白かった。」
 お上さんと秋子を私は呼び寄せた。
「狐や狸の霊があるとしましたら、崇ったり憑いたりす
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