に迷ったのではなく、空間に迷ったという感じだ。それでもなお歩いていると、もしもし、と呼び止められた。巡査が立っていて、どこに行くのかと尋ねられた。気がついてみると、先程たしかに通りすぎた交番の前だ。あなたはここを三度も通った、いったいどこへ行くのか。巡査は[#「巡査は」は底本では「巡者は」]不審そうに訊問する。黒田は頭がはっきりしてきて、自分ながら呆れた。どうやら、ただ大きく迂回していて、交番の前を三度も通って気付かなかったものらしい。狐にばかされる第一歩だったかも知れない、と黒田は告白した。
 東京都内でもそういうことがある。田舎にはもっと不可思議なことが多々ある。狐つきは固より、物の怪の崇りのこと、死霊や生霊のことなど、不可思議さには奥行きが知れない。それがつまり実験談の語るところであった。然しその不可思議さにも限界があって、憑く方のもの、崇る方のものは、実際には存在せず、憑かれる方のもの、崇られる方のもの、即ち人間の精神だけが、実際には存在するのであって、それはもはや精神病理の問題に過ぎないのである。それだけのことを一度承認しておいて、そして心霊研究の大家は、霊界の存在を主張した
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