は、肌寒く不安である。
 芸術家も或る心境に到達すると、そこに安住したがる。
 生きるということは、必然的に本来的に、進むことを意味する。一の場所に停止するのは、生きることではない。
 芸術家として生きるには、その芸術的心境が進展しなければいけない。然るに、既成大家になると、一の心境に安住しがちで、その心境を押進めてゆくことを、甚しく億劫がり易い。
 それがいけないのである。
 いけないのは、既成大家ばかりではない。未成大家にも、別のいけなさがある。
 未成大家には、一の心境さえもないことが多い。ただ興味や興奮だけしかないことが多い。
 所謂腰が据らないということはそこから来る。
 芸術家は、芸術家としての魂の腰が据っていなければいけない。物の見方や感じ方や考え方に於て、人生に臨む態度に於て、芸術に対する態度に於て、揺がない心を把持していなければいけない。即ち一つの心境を持っていなければいけない。
 一の心境もないということは、心境に進展のないことよりも、更にいけない。
 一の心境もない作家によって書かれた作品は、完全に芸術品とは云い難い。
 芸術品の持つ感じ、論説や記録や物語などから
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