歩ではない。
 芸術の内容と表現とは一つのものであるというのは、出来上った作品について云われることで、作家について云われることではない。
 内的な進歩なしに、心境の進展なしに、ただ表現の技巧にのみの進歩があり得る。表現の技巧の進歩なしに、内的の進歩が――心境の進展があり得る。芸術家にとって望ましいのは、前者よりも寧ろ後者である。両者かね具わるのは最もよろしい。
 表現の技巧の進歩のみあって、心境の進展のない時、その作家は如何ほど優れた作品を書こうとも、芸術家としての生き方に於ては、既に行きづまっているのである。同じ場所で同じ足踏みを繰返しているのである。
 上手か下手かも勿論問題ではある。然しながら、進んでるか止ってるかは、より多く問題とならなければならない。
 うまい作品かまずい作品かということは、作品としての問題である。よい作品か悪い作品かということは、深い作品か浅い作品かということは、作家としての問題である。
 この作家としての問題は、結局その作家の心境問題である。
 人は或る境地に辿りつくと、その境地に安住したがる。そこに止まっている間は、安全であり安心である。そこから出ること
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