いるうちは、本質的に停滞してるのである。
そういう停滞へ、既成大家は陥り易い。
多くの物を観、多くの材料を取扱い、多くの作品を書いているうちに、その重複の勢によって、或る一種の型が出来てくる。単に手法の上に於てばかりではなく、芸術家としてまた人としての全体に於て、一の型が出来てくる。
会社員風、商人風、官吏風、労働者風、その他いろんな型が世にある如く、芸術家風という型も世にはある。然しながら、他のあらゆる型は一の固定的なものであっても宜しいけれど、芸術家という型だけは固定的なものであってはいけない。
固定した一の型に囚われる芸術家は、物の見方や感じ方や考え方に於て、人生に臨む態度に於て、芸術に対する態度に於て、生々とした処女性を失う。所謂職業芸術とかいう非難は、この処女性の喪失を指す時に於てのみ至当である。
真の芸術家は、その表現の技巧に於て如何に優れようとも、一方には必ず処女性を持ってるものである。この処女性からこそ、芸術の生々とした溌剌さは生れる。
処女性を失い一の型に囚われた芸術家は、表現の技巧に如何ほど進歩しようとも、それは外的な機械的な進歩であって、内的の生きた進
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