のは、淋しいなあ。」
「ほう、そんなもんかね。だが、あの時だって、君はちっとも泣かなかったじゃないか。」
「あんな時には泣かないさ。」
「じゃあどんな時に泣くんだい。」
「どんな時って……。」
「泣いたことなんかないんだろう。」
「あまりない……いやあるよ、あったよ。」
「いつだい。」
「ずっと前だが……。」
まだ小さい頃だった。正夫は母に連れられて、田舎の家に行ったのである。まん円い眼鏡をかけてるお祖父さんがいた。広い大きな屋敷で、池があり、竹籔があり、大木が立並んでいた。蜜柑の木がたくさんあった。いろいろな虫がいた。美しい蜘蛛が網を張っていた。蛞蝓や蚯蚓のようなぬるぬるしたものは、ぞっとするほど嫌だったが、蜥蜴の綺麗な色には長く見とれたし、蛇には妙にひきつけられた。大きな蛇がいるという話だった。米倉の主で、鼠をとって食べてるそうだった。
或る時、夏蜜柑の木の根本に、大きな蛇がとぐろを巻いていた。正夫の手首ほどの大きさの青大将で、それがきれいに輪をまいて、真中から鎌首をもたげ、細長い鋭い舌をちろちろさしている。そっと寄っていくと、のろのろはい出して、びっくりするほど長くなり、見返
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