霧の中
――「正夫の世界」――
豊島与志雄
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)形態《えたい》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)小説3[#「3」はローマ数字、1−13−23]
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南正夫は、もう何もすることがなかった。無理を云って山の避暑地に九月半ばまで居残ったが、いずれは東京の家に、そして学校に、戻って行かなければならないのだ。なんだか変につまらない。ただ一人で、丘の斜面の草原の上に寝ころんでぼんやりしていると、いろいろなことが頭に浮んでくる。大空が、目のまわるほど深くて青い。白い雲が流れる。大気がひえびえとしている。遠くの山々が、ひっそりと、薄っペらで、紙細工のようだ。どこかで虫が鳴いている……。
ふいに、耳のすぐそばで、然し遠くから来るような調子で、正夫を呼ぶ声がする。ほう、「彼奴」だ。久しぶりにひょっこり出て来たのだ。小さな、すばしこい、怪しげな、とぼけた、おかしな奴で、人に話したって本当にされそうもない。名前もない奴なので、正夫はただ
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