こんだんだ!
 ちょっと、しいんとした。それから突然、大きな手が痙攣的に正夫の肩をつかみ、怒った声で、ばか、ばかなことを云うな! 木原さんは怒りながら泣いていた。正夫は呆気にとられた。父が自殺したって、それがなぜいけないんだ。海に飛びこんで消えてしまったのは、何かしら清らかで美しい。写真と位牌といろんながらくたと、そして花ばかりの、あの祭壇は、人の気持ちをすっきりさせるじゃないか。悲しいのは、父がいなくなったということだけだ。それと自殺とは別なことだ。そう思ってる正夫に、木原さんはなお、とぎれとぎれに云ってきかせるのだった。そんなことを考えちゃいけない、お父さんは誤って海に落ちたんだ……。そしてしまいに、正夫を引きよせ、抱きしめて、涙を流していた。正夫の頭にかかる息には、酒の匂いがしていた。木原さんまで酔っ払っている、どうしてみな酔っ払うんだろう。お父さんはよく酔っ払っていた。そんなことが、正夫には淋しかった。そしてしつこく黙りこんでしまったのである……。
「まだ悲しいかい。」とチビは尋ねた。
「何が?」
「お父さんが死んだことさ。」
「死んだことは何でもないよ。ただ、お父さんがいない
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