りもせず、でも急ぎもせず、[#「、」は底本では「、、」]逃げていく。先廻りして前に出ると、するりと横にそれて、やはり見返りもせずに、のろのろはってゆく……。ひとをばかにしてるんだ。正夫は腹をたてて、いきなり走りよって、その首のあたりを掴んだ。ひやりとした。次に、肩と腰のあたりがひやりとした。蛇がのたくったのだろう。正夫はもう夢中で、手に力をこめて、家の方にやっていった。蛇は頭で正夫の手にからみつき、胴から下はだらりと、尾の方は地面にひきずっている。正夫はいつしか大きい声でわあわあ泣いていた。泣きながら、蛇をひきずって、家の中にはいっていった。怖ろしいのか、嬉しいのか、一生懸命なのか、とにかく無我夢中で、わあわあ泣いてるのだった……。
「ほんとに泣いちゃったよ。」
「そんな泣き方ってあるかい。」
「なぜだい。」
「そんなの、高いとこから落っこちる時、わあっと声をたてるようなもんじゃないか。」
「ちがうよ。」
「喧嘩して、相手を押えつけて、殴りつけながら、わあわあ声をたてるようなもんじゃないか。」
「ちがうよ。」
「そうかなあ。僕は一度も泣いたことなんかないから、分らないが……。」
「君は
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