ばかだからさ。」
「どうして?」
「ばかな奴は泣かないよ。」
「豪い奴が泣かないのさ。」
「豪い奴だって泣くよ。泣かないのは、ばかかひねこびれてる奴だけだ。」
 チビは耳をかいて、目をぱちくりやった。正夫は得意になった。
「誰だって泣くさ。ただ、めったに本当に泣かないだけだ。君が云うように、涙ぐんでくよくよするのなら、女の児だって婆さんだって、しじゅうやってるよ。」
「しじゅうにこにこしてるよ。」
「そしてへんな時に、思いがけない時に、何でもない時に、しくしく泣きだすんだ。そしてひどいのになると……。」

 正夫の東京の家の近くに、境内がのんびりと広い神社があって、その仁王門にたくさんの鳩が巣くっていた。よく人に馴れていて、掌の中の豆までつっつくのだった。幼児を背負った娘や子供の手を引いた婆さんなどが、そこの広場に幾人も見えた。日曜などには豆売りの女まで出ていた。
 その人たちの中に、わりに上品に見える老婆が一人いた。誰も連れず、一人きりで、いつも豆を持っていて、それを長い間かかって鳩にやった。そしてきょとんとして、あたりを見廻したり、何か低く呟いたり、また石の腰掛に坐りこんで、頭を垂
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