れてじっとしてることもあった。神社のまわりを、何度か廻ることもあった。拝殿の前にお詣りすることは決してなかった。
子供たちも、鳩も、そのお婆さんを見覚えていて、その周囲に集った。鳩はくくと喉を鳴らして一面に群れつどい、子供たちは目を輝かした。お婆さん自身だけがへんに没表情で、放心したようで、機械的に少しずつ豆を投げてやった。妙に人を寄せつけない縁遠いようなものがあった。その、震えてる唇は何を呟いてるのであろうか。石の腰掛の上で胸に垂れてる頭は何を考えてるのであろうか。どうかすると、雨の雫が木の葉にたまるように、皮膚のたるんでる頬に涙が、全く無心にかかってることがあった。小さな眼のすんだ光がふっと曇って、涙が睫毛いっぱいたまってることがあった。それでも彼女自身はやはり、冷く静まり返っていた。誰もその涙に注意を配る者はないようだった。本人も自分の涙を知らないようだった。
「あんな泣き方は、ほかでは見たことがない。変ってるよ。」と正夫は云った。
「その婆さんは、今でもいるのかい。」
「今年の春頃いたんだ。それから、もう出て来なくなった。」
「あの……草履をはいてた婆さんだろう。」
「うん。
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