小さく軽い。
正夫は云った。
「僕は、死ぬ時は、お母さんのように手を動かすつもりだ。」
「そんなに勝手になるものか。」
「なるさ、自分のことだもの。」
「だが、おかしいね、君が死ぬことなんか考えるのは。」
「死ぬことじゃないんだ、死ぬ時のことだよ。」
「死ぬ時……。」
「そうだよ、いろいろな時があるだろう、死ぬ時、寝る時、御馳走をたべる時、笑う時、泣く時……。」
「ああ、その時か……。」
チビはそのまま黙りこんでしまった。彼が話の途中で黙りこむのは、何かにぶつかって当惑した証拠だ。――やがて、彼はぽつりと云った。
「人間て、不思議だなあ。ふだんは、何やかやつまらないことを、ひとに相談するくせに、死ぬ時になると、一人で黙ってるんだからなあ。」
正夫も、別な意味でではあるが、同じようなことを考えていた。彼は昂然と云い返した。
「それでいいじゃないか。」
最近の父の死のことを考えていたのである。
東京から伊豆大島へ通う船の上から、夜中に、正夫の父は姿を消してしまった。うち晴れた穏かな夜で、月が綺麗だった。南さんは酒を飲んで、だいぶ酔っていた。それだけのこときり何にも分らず、小さな
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