のではない。霧がそこに水滴となって一面にくっついたのであろう。枝をゆすると、重々しくばらばら散る。よく見せてあげよう、と南さんはいって、正夫を胸に抱きあげた。正夫は眺め入り、それから枝を引張った。二人とも雫を頭から浴びた。そして笑った。また次の檜葉のところへ行った。正夫は枝を引張った。二人は雫を頭から浴びて笑った。
「あの晩のこと、なんだかへんだよ。」と正夫は云った。
「どうしてだい。」とチビは尋ねた。
「あんなに遅く、お父さんと一緒に外を歩いて、雫をかぶって遊んだのが、ふしぎだよ。あの頃、お父さんは僕のことをちっともかまってくれなかったし、僕もお父さんがなんだかきたならしかったんだもの。」
「きたならしいって?」
「いろんないやな匂いがしみついてるような気がしたんだ。」
「そうかも知れないさ。」
「そうじゃないよ。ただそんな気がしたんだ。」
「だから、露の雫をあびせて、清めてやったってわけかい。」
「そんなことをいう奴は、ばかだよ。」
 チビは耳をかいて黙った。それからさも内緒らしく云った。
「君は知らないだろうが、あの晩、家に帰って、床にはいってから、お父さんは泣いていたよ。」

前へ 次へ
全42ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング