開いて、じっと眺めた。眼がさめたの? と静かに囁く声がして、全体の姿がゆらりと動いた。静に眠るんだよ、とまた静かな声がして、父は頬の肉一つ動かさず、そのまま立上って、すーと出て行った。
正夫は半身を起こした。それから、向うに眠ってる山根さんの方に一瞥をなげ、そっと起上って、室から出て行った。父は茶の間に坐っていた。正夫の姿を見て、驚きもせず、やさしく微笑んだ。とてもいい晩だ、霧が一面にかけてるよ、といって立上った。正夫は着物をきてきた。父は玄関に待っていた。二人で外に出た。
十メートル先は見えないほどの、東京には珍らしい濃霧だった。まばらな街燈の光が、幾筋もの縞になって浮び、屋根の先や木の枝が宙にかかり、其他は一面に仄白い渦巻きだった。眼や鼻や唇にまで霧はしみこんできた。暫く黙って歩いているうち、南さんはふと足をとめて、ほう……と眺め入った。そこに、坂塀から檜葉の枝がさし出ていた。こんなのを見たことがあるかい、と南さんは正夫を顧みていった。すかして見ると、その檜葉の葉先に、一面に露がたまっていた。それが澄みきって、氷のようで、きらきら光っていた。雨の雫だってそんなにたくさんたまるも
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