口をあけて、眠ってるようだった。埃にまみれてるだけで、血も見えないし、怪我してるらしくもなかった。まわりにはもう、十人あまりの人が集っていた。
「それがみんな、どこからか、地面からわき出してきたんだ。」
「君もそうか。」
「僕はちがうさ。初めから見ていたんだから。」
「ほう……。まあなんだね、虫が死んだのが落ちてると、どこからか蟻が集ってくるようなもんだね。」
「その男はまだ死んでやしなかったんだ。」
まわりの人々は蟻のようにがやがや騒いで、その中の一人が、そっと男にさわってみ、抱き起そうとした。男はただぐったりしていて、また地面に長くなった。日焼けした顔が、なお真赤になっていた。ふーっと一つ大きな息をすると、またしんしんと静まってしまう。そして時々、だらりとのばした手先を、ぎゅーっと握りしめて、手首を痙攣的に起しかけるが、まただらりと指を開いてしまう。そんなことを何度もやった。
その手が、正夫の心の中で、もう一つの手と重なりあっている。もう一つの手は、母の手だ。――母は病院にはいっていたが、或る晩、正夫は慌しくその病室につれてゆかれた。扉をはいると、真正面が壁で、そこを左にまがる
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