いつまでも駄目ですよ。酒をやめるには及ばないが、飲んだら酔うようになさい。それも肚の据え方ひとつですよ。へんなもので、相手が酔ってしまうと、こちらはいつまでも酔えなくなる。後手に廻るわけですね。先手に廻らなくちゃいけません。戦争と同じで、機先を制するってやつです。相手がなくて、一人でやってる時には、酒そのものが相手です。酒に対して機先を制してやるんです。一本……二本……或は三本、これで酔うんだと決心するんですね。酔うんだという肚をすえてかかるんです。それから次には、酒を軽蔑することです。酒をのみながら酒を軽蔑する、そこが大事なところです。飯をくいながら飯を軽蔑する、女を愛しながら女を軽蔑する、社会に生活しながら社会を軽蔑する、人間と交りながら人間を軽蔑する、酒をのみながら酒を軽薄する……そこから微妙な味がわいてくるし、ほんとに酔えますよ。それでもまだ面白くならなかったら、ほんとに酔えなかったら、みんなうっちゃってしまうんですね。酔ってやるぞという肚をすえて、本当のところは軽蔑してかかって、そして飲むんですね……。
 そんな忠告をしながら、南さんは煙草をふかし酒を飲んでいたが、ふと、ああ
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