術を見、更に紙の実験をしたのである。その時誰かが、掌に紙がすいつくのは、薬品のせいばかりでなく、精神力も多少働くのではないかといい出し、それがきっかけで、酔余の競争が始まった。どういう薬品か、宮川はそれを秘密にしているが、紙の上に掌をかざしていると、掌の温度が紙にぬられている薬品に作用して、そこに化学的変化が起り、紙は掌の方へすいあげられるのである。随って、掌と紙との距離が近いほどよく、五センチと離れてはうまくいかない。それを、煙草一本ほどの距離でやってみせると、南さんは主張し出し執拗に努力してみた。精神力の支持者となったのである。敷島一本の長さを八センチ半とすれば、それだけの上から化学作用に精神力を加えて紙をすいあげるというのだ。用意の紙を何枚も出させ、額に汗を浮かべて、夢中になって手を差伸してるところは、正気の沙汰とは思えなかった。しまいには腹を立て、先に失敬するといいすてて、一人で出て行ってしまった。
それから一時間ばかりして、南さんは、一人、或る酒の店の木の卓によりかかり、酒をのみながら、黙然と考えこんでいた。そこへ、中年の男が一人はいって来た。狭い家で、卓子は幾つもなく、南
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