やしないよ。」
「出来そうだがなあ。」
「出来るもんか。出来るならやってごらんよ。だが、そんなこと、君のお父さんはよく知ってたんだよ。知ってながら、普通の紙でやってみた、そこんところがおかしいんだ。もっとも、初めから少しへんだったようだけれど……。」
 或るカフェーの奥の室だ。二階と一階とが普通の広間――といっても狭いのだ――になっていて、二階の奥、一階のちょっとした調理場の真上のところに、小さな室が一つあった。この前の経営者、多分はマダムか何かの、寝室ででもあったのだろうが、今では、新たな主人の実験室ともなり応接室ともなっている。五十年配の独身者で、すばらしい珍奇な飲物を拵えるという念願をもっていて、外国の都会にならいくらもいそうだが、日本ではちょっと変ってる男だ。甘いのや辛いのや痛烈なのや、怪しげなカクテルを友人に試飲さしては喜んでいる。そしてなお、アマチュア・マジシァン・クラブの会員で、カクテルよりもこの方が腕前は確からしい。掌にすいつく紙は彼が考え出したもので、奇術と飲料との混血児だった。
 その宮川のところで、南さんはその晩、二三の知人と共に、怪しげなカクテルを飲み、宮川の奇
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