右手をその上に差出す。そんなことを何度か繰返した後、彼はいきなり着物をぬぎすて、襯衣までぬぎ放し、下腹をなでさすり、じっと眼を定め息をこらして、白紙の上に右の掌をかざしながら、我を忘れて一生懸命になってるのだ。それにも拘わらず、不思議なことには、蒼ざめた頬の口もとに、皮肉な自嘲めいた笑いの影が浮んでいる。その裸体の半身像は、もう人間の姿じゃない……。
――少しばかげてますね。その、ちっとばかりのばかさ加減が、あなた自身の頭の隅っこにも引っかかってるので、到底、だめですよ。
チビの声に、それとも不成功のせいか、南さんは腹をたてて、白紙を引裂き、手に丸めて投げすててしまった……。
「あの時にも、もう僕は、君のお父さんを危いと思ったよ。」とチビは云った。
正夫は黙っていた。
「あんなことを、君には分らなかったのかい。」
「その……紙の上に手を差出すというのは、どうしてだい。」と正夫は尋ねた。
「普通の手品さ、ちょっとした薬品で出来る。紙には仕掛があるんだ。その紙の上に掌を差出しておくと、紙が持上って、掌にすいついてくる。それを、精神とか心霊とかの何かにしてしまうんだ。普通の紙じゃあ出来
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