こからだけ水を通し、他は水草や泥でせき切ってしまうのである。
おもに水田と川との間の、畦の一部を切りとった水口に、ウケをつけるのだ。魚は習性として、夕方、いくらか暮れはじめる頃から、水田の中に餌をあさりにはいってゆく。そして朝早く払暁の頃に、多くはまた川に戻ってしまう。それ故夜になって、水口にウケをつけに行くのだ。水の流れが、田から川へか或は川から田へか、それは問題でない。田から川へ戻る魚がはいる向きにウケをつけておく。それを早朝、まだ朝日のささない頃に、引上げに行くのだ。
昼間ぶらぶら歩きまわって、魚のいそうな場所を物色し、そこの田の水口を一杯あけ放っておけば殊によい。
手頃な大きさのウケを二つばかりかついで、夜の九時頃出かける。闇夜が最もよいのだ。闇夜といっても、水の面はほんのり白い。それをたよりに、草深い小道をすたすたやって行く。堰の水音がしてるだけで、しいんとした夜である。水は川にも田にも満々と湛えている。川辺の猫柳が奇怪な形で蹲っている。時とすると、行手の道の上に、小坊主がすっくと立って、じゃぶりと川の中に飛びこむ。川獺のとんきょうな奴だ。それももう人を化かすことは出来
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