正夫は黙っていた。
「どうしたんだい。」
正夫はまだ黙っていた。
「よく分らないのかい。僕にだってよくは分らないよ。おかしなものさ。恋人の着物をぶら下げておいて、撫でたり抱きしめたりする者もあれば、あの婆さんのように、ぶら下ってる娘の着物を見つめて、口をぱくぱくやって死ぬ者もあるし、僕にだってよく分らないよ。」
正夫はやはり黙っていた。
「今の話、君は恐《こわ》がってるんだね。」
正夫は頭を振った。
「鳥のことを考えていたんだ。」
「鳥? 何の鳥だい。」
「何という鳥だったか……田舎に行くと、田園の中で、真暗な夜に、ほうほう……と鳴いてるのがいるだろう。」
「うん、いるよ。」
「あれね、子供を探してるんだって話があるよ。子供がいなくなって、どこへ行ったか分らない。お母さんは心配して、あっちこっち探し廻った。いくら探しても分らない。しまいに鳥になって、夜通し歩きまわって、今でもやはりほうほう……と呼びつづけているんだって。」
「そんな話、君はほんとにするのかい。」
「作り話にきまってるさ。」
「じゃあ、どうなるんだい。」
「お婆さんのことから、その鳥を思い出したんだよ。僕はその鳥の
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