「それでも彼は精神的に汚れていませんかね。」
母は腑に落ちないような顔付をした。
「下らない。」と兄が横合から口を出した。「お前の小説と同じだ。馬鹿げた作り話だ。」
「それじゃあ、ねえお母さん、こんなのはどうです。」
或る時彼は寄席に行った。落語の間に娘手踊があった。まずい顔に白粉をぬりたくった娘達が、ぱっとした派手な着物を着て、真赤な長襦袢の裾をちらつかせながら、舞台一杯にもつれ合った。彼は喫驚したようにそれを見ていたが、後でこう云った、「あんなのはつまらない。第一下劣でいかんよ。」「どうです、」と僕は母に云った、「それでも彼は……その精神的に……ねえお母さん。」
「そりゃあね、お前さんと違って、浜地さんには、娘手踊なんか面白くないでしょうよ。」
意味がよく母に通じないのが、僕には却って愉快だった。
「なるほどな……お母さんは善良だ。それじゃあ、もっと面白い話がありますぜ。……だが、こう冷えてしまっちゃあ……。」
僕は銚子を熱くして貰いながら、また話し出したものだ。或る時彼は浅草に活動写真を見に行った。金曜日の替り目で、館内はぎっしり込んでいた。その時、彼の隣に、美しく着飾っ
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