、窓に簾をかけた室の中が、電燈の光に透して見える。その窓際の、机かなんかに、二人の若い女が坐って、せっせと書き物をしていた。往来から見えるのは、肩から上の横顔ばかりだった。それが却って風情だった。彼は何気ない風をして、そこの通りを幾度も往き来した。散歩の帰りにもまた通って見た。
それから、翌日も、そのまた翌日も、彼はその辺を歩き廻った。簾をかけた二階の窓の中には、いつも二人の女が、せっせと書き物をしていた。何を書いてるのか、往来からは分らなかった。家も相当に立派で、素人下宿とも見えなかった。
そして彼には、夜の散歩が一つの楽しみとなった。窓の女の髪形から横顔の恰好を、すっかり覚え込んだ。さほど綺麗じゃないが、現代式の理知的な、女学生とも職業婦人ともつかない様子だった。いろんな空想が彼の頭に描かれた。
それが可なりの間続いた。そして、十月の初めに暴風雨が襲った。その暴風雨の後、彼女達の窓には、簾が取払われて障子が閉切られた。障子にはやはり明々と電燈の光がさしていたが、彼女達の横顔はもう見られなくなった。それで彼も、その薄暗い通りの散歩を止してしまった。
「どうです、」と僕は云った、
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