ないって……笑わせるなあ。兄さんには見えないんだ。これでも、精神的には僕の方が汚れてやしないぞ。」
僕の云い方が悪かったか知れないが、それを兄は取り上げて、二三度云い合ってるうちに、友人を誣いるのは怪しからん、誣いるのでなければ証明してみろ、と嵩にかかってつっ込んできた。その時の兄の高慢な顔が、黒い齲歯や図太い食慾と一緒に、おかしな云い方だけれど、それが自分の兄であるから猶更、僕は癪に障ってきた。
「そりゃあ、証明しろというなら、してもみせるが、どうせ兄さんには分りゃしないよ。お母さんになら分るかな。ねえ、お母さん、分る……分るんでしょう。」
杯を手にして、お臀でくるりと向き直ると、母は苦々しげに笑っていた。僕は愉快だった。
「ねえお母さん、素裸になってみりゃあ、誰だって清浄な者あいやあしない。例えば浜地だって、あんなに君子然と澄し込んでるが、一皮剥いでみりゃあ、ねえお母さん……。」
母がもじもじしてるのを見て、僕は饒舌り散らすのが面白くなった。僕は母が好きなんだ。
そこで僕はこういう話をした。
或る時彼が、夕食後散歩に出た。薄暗い裏通りを歩いてると、夏のことで、向うの二階の
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