て僕に読ませるんだ。読んでみて僕は恥しくて、真赤になった。下らないじゃないか。あんなものはもう書くなよ。もっと高尚な、思想的に深みのある、立派なものは出来ないのかね。だから云わないことじゃない、薄汚い女を相手に酒ばかり飲んでるようじゃあ、結局駄目にきまってる。芸術家になるつもりならそのように、先ず品行から……その、生活から立て直さなくちゃいけない。」
 兄は食意地が張っていた。いい加減酔ってるくせに、皿のものをみな平らげ、鍋のものを盛につっつき、そして四五杯も飯を食った。その下歯の、犬歯の前に一本、黒い齲歯《むしば》があった。歯医者にでもかかったらよさそうなものを、どういうのか、小さくいじけた黒いままに、いつまでも放ってあった。それが、物を食う拍子に、小言を云う拍子に、ちょいちょい覗き出して、僕の気持にさわってきた。
「実際お前のような者には、浜地君は友人として過ぎ者だ。」
「そうかなあ、僕はまた、浜地には僕が過ぎ者だと思っていたんだが……。」
「なにを自惚れてるんだ。」
「じゃあ浜地は僕よりどこが優れてるんだろう。」
「優れてるさ、人格が……。お前みたいに汚れてやしない。」
「汚れて
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